境界線
ユキはどうしても、そこをこえられなかった。
友だちのちえちゃんも通った。さっちゃんもぴょんと飛んだ。
「だいじょうぶよ。平気だったら」
ちえちゃんが言う。
「どうしてもだめだったら、目をつぶって飛べばいいのに」
でももし目をつぶって飛んで、ふんづけちゃったらどうしょう。
先にたって歩いていたちえちゃんが、ひめいをあげてかけもどってきた時には、まだこんなことになるとは思ってもみなかった。
ゆるい下り坂になっている先の道を、ちょっとのびあがるようにして見たさっちゃんは、気持わるいと顔を青くした。
ユキはいろいろ想像したが、自分で見て確かめる勇気がなかった。
「なんなの。ねえ、なんなの」
「カエルがぺったんこなの。いっぱい、死んでるの」
道の先の方で、男の子たちがわらっている。 あの子たちのしわざにちがいない。
「道のはじからはじまで、ならんでるのよ。ひどい!」
ちえちゃんはおこっている。
一 |
カエルの足を持ってピシャッと地面になげつけてつぶす、男の子がそんな遊びをするというのを聞いたことはあった。でも見たことはなかった。
見てよと、ちえちやんが腕を引っぱったので、ユキはよろけて前に出た。
それがカエルかどうかは、はっきりとは見えなかった。ただ道はばいっぱいに、灰色っぽいひものような物があるのはわかった。
あわてて目をそらした。しっかり見ないだけによけい、いろんな物が見えた気がした。
まるですわりこんでじっくりながめたように、すべてが想像できた。カエルのさけた腹、中から飛び出た物、流れでる物。
「早くしないと、先に帰っちゃうからね」
ちえちゃんが行ってしまう。
「おそくなると、しかられるの。ごめんね」
さっちゃんがちえちゃんを追いかける。
さっきあんなにさわいだくせに、二人はあっさりとカエルをまたいで通ってしまった。
男の子たちも、とっくにあきて帰ってしまっている。
一本道には、もうユキのほかにはだれもいない。夕焼け雲も、もうすぐ色あせる。
そこは山すそをけずって作られた細い道で、片がわは赤土のむきでたガケだった。もう片方はたんぼのあぜで、草がひざくらいまでもしげっている。
二 |
ユキはそのあぜを通って行こうとして、一歩足をふみいれたが、またあわててもどってきた。カエルめあてのヘビが待っているかもしれない。それはカエルの死体と同じくらいか、あるいはもっとこわかった。
どうしよう。暗くなってくる。
夜になると道はばいっぱいのぺったんこのカエルは、みんなユウレイになるかもしれない。そしていっせいに、ピョンと飛ぶだろう。
ユキの方にむかって、道はばいっぱいになって飛んでくる。きっとぺったんこのままで、ビタビタ飛んで。
「だれか、助けて」
だれも助けてくれる人などなかった。勇気をふるってそこを通るよりほかに、しかたがないのだった。日が完全にかげって、カエルがユウレイになる前に。
ユキは片足を思い切り高くあげた。そしてできるだけ遠くにその足をおろした。カエルが目に入らないよう、視線を遠くに向けたまま。そのあげく、ユキはペったんこのカエルをまたいで立ちおうじょうすることになった。
足を開きすぎたので、どちらの足も動かせなくなっていた。少しでも動いたら、カエルの上にしりもちをつきそうだ。
一生をこうして立っていなければならないのだろうか。ユキは絶望してうめいた。
三 |
その時、だれかがユキの名を呼んだ。さっちゃんの声らしかった。
「さっちゃん、待ってて! 今行くから」
目を強く閉じて現実よりも生々しい想像をむりやり心の中にふうじこめ、やっとのことで後の足を引きよせた。
越えられた。通りぬけた! 夢中でユキは走っていった。
「さっちゃん! さっちゃん!」
さっちゃんはどこにもいなかった。
そしてユキは細い道を走りぬけ、広い自動車道に出て、やっと気づいた。自分がこえたのは、ただのカエルの死骸ではなかったことを。何かとんでもない境界線であったらしいことを。
顔を上げるとどこにも村の家々はなく、真っ暗な海のような所に光るクラゲのような物ばかりがいくつも浮いていた。
ユキはふりむいた。
後ろにはもう、通ってきた道さえなかった。
「さっちゃん、ちえちゃん」
あの子たちは、ユキとちがう場所に行ってしまった。
いつもいっしょと思っていたのに。幼稚園からのなかよし三人組だったのに。
四 |
ユキは三人でしたいろんな遊びを思い出した。三人で笑いころげたさまざまな出来事を思い出した。大昔のことのようになつかしかった。
真っ暗な海の中に泳ぎ出て、しかしユキはほっと体の力がぬけた。何のむりもなく、今ユキは光るクラゲとなってただよっている。
さっちやんもちえちゃんもカエルの死骸も、その光る体の中で、うたたねの夢のようにしだいにとけて消えていった。
ユキは目を閉じた。また眠ってしまうらしかった。そしてまた違う夢を見るのだろう。
五 |
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