ドロップのゆめ
カナは青色のドロップを口に入れた。
「ソーダだ」
プクプクプクとあぶくが出てくる。それは見る間にふくらんで、口の中がいっぱいになった。
なに? なに?
口を閉じたまま、洗面所のかがみの前に走った。ドロップを落とさないよう気をつけて、口を開ける。
口の中には海があった。その海の中からイルカが顔を出して、かがみの中のカナを見た。
今はねたのはイルカさん?
そう聞こうとしたけど口の中の海のせいで声にならなかった。シタが動いたせいで大きな波が立って、イルカは海にもぐってしまった。よく見ようとして顔を下げると、海の水が口のふちから少しこぼれる。あわてて上を向くと、のどちんこのあたりに何か見えた。
ヨットだ。白い帆がプンとふくらんでいる ヨットは、カナののどの奥に向かって進んでいる。大変だ。のみこんじまう。
あせってフガフガしたら、ヨットの白い帆がシャボンだまみたいにパチンとはじけて消えてしまった。あっと思ったひょうしに海までのみこんでしまった。
ゴックン
口の中の海はちっとも塩からくなかった。
メロン味だった。
一 |
黄色いドロップを口に入れたとたん、耳の後ろでタンタタンと手びょうしの音がした。
ふりかえるとヒマワリの花みたいな色のドレスの女の人がおどっていた。
タンタタンと手びょうしを打ち、トントトンと足踏みをする。
ただその人はとても小さかった。カナのひとさし指より少し背が高いくらい。
おまけに空中に浮かんでいて、カナの頭の上の方まであがったり、ひざのしたあたりまでおりてきたり。
宙に浮いているのに、どうしてあんなにいい足踏みの音がするのだろう。
タンタタン トントトン
タタタタ タトトントトトト
あまりにリズムがいいのでまねをした。
たんたたん、とんととん
いい音が出ない。やり方を教えてもらおうと声をかけたら、ドロップが口から飛び出た。
とけてうすくなった黄色のドロップは、ちょっとすっぱい味だけをのこして、空にのぼって昼間の月になった。
二 |
白色のドロップをつまんで口に入れた。とたんにシュ―シュ―、と音がする。
「ハッカの風! おお風」
カナは空に浮かんでいた。カナの肩を小さな鳥がつっついた。
「ドウシテ オソラニ イルノ」?
「たぶん、ハッカのせいだと思うの」
シューシューシュルルル
スースーと冷たい風が、口の中からとまらない。
小鳥が飛ばされまいとして、羽をばたつかせる。
「反対反対」
「何が反対?]
「風の向きを変えてよ」
カナが口を閉じると、風がやんだ。
「とめないで。反対の方向に風を流して」
「反対って、どっち?」
答えを聞く前に、小鳥は風に飛ばされて消えた。
風はとまったよ。ドロップはとけてしまったから。
三 |
赤のドロップだ。
きっといちごでしょ、と思ったのに口の中がいたい。中でなにかが、もえてるみたいにあつい。こんなドロップいらない。
はきだそうと思ったのに、出てこない。顔まであつくなった。本当に火がもえてる。
「もっと、はなれて」
あわてて後ろにさがる。
「もっと、もっと」
手に木の枝を持ったサルがいる。
「なんで、火なんかもやしてるの?」
「これを焼くんだ」
サルはカナに木の枝をわたす。枝の先にマシュマロがさしてある。
後ろにさがりすぎたら、火にとどかない。少し前に行くと、サルが「はなれて、はなれて」と言う。
とうとうサルは、火とカナの間でおどりはじめた。
「ここから先はあぶないあぶない」
サルの動きにあわせて、たいこがなる。
ドドント、ドドント、ドドドドド
「前へ行かなきゃ、マシュマロ焼けない」
ドドント、ドドント、ドドドドド
カナはあきらめて、マシュマロをそのまま口に入れた。
あまーい。いちご味のマシュマロだった。
四 |
さいごのひとつぶ。みどり色のドロップ。
ぜったい、マスカット。
顔の上には大きな葉っぱ。風が来てさわさわゆれる。そのたびにすきまからチラチラ、お日様の光がさしてくる。
きっと顔も服も、まだらもようになっている。人間だと気づかれないよね。手にチョウがとまった。ゆっくりはねを開いたり、閉じたり。こい茶色の大きなチョウ。
足元にリスが来た。チョコチョコと行ったり来たり。何を探しているのかな。
おどろかせないように、息もゆっくりにする。動きたいけどがまんがまん。
風がふいてきた。頭の上の葉っぱがゆれる。
シャワシャワと音がする。
だまっているのがくるしくなってきた。動かないでいるのもいやになった。
風がふいているんだから、と手をゆらしてみる。やさしくやさしく。チョウがおどろかないように。
葉っぱだってなるんだから、とシャワシャワシャワと声に出して言ってみる。
その時、大きな風がブウゥィ。木の枝までゆれる。
あーあ、チョウが行ってしまった。リスもいつのまにかいない。
みどりのドロップも、もうおしまい。シタの上にマスカットの味だけ残して。
五 |
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